引用から何を削ってよいか。APの規則、タイムズの規則、そしてAI文字起こしの立ち位置
文字起こしを開いていて、使いたい一文が目に入りました。実際にはこう話されています。
あの、なんていうか、うちは… うちは数字のこと、えー、3月には知ってたと思うんですけど。で、その報告書、全然見れてなかったんですよ。
あなたはこれから、この一部に鉤括弧を付けようとしています。鉤括弧は約束です。これはその人の言葉であり、話された順序のままだ、という約束です。では、その約束をする前に、どの語を取り除いてよいのでしょうか。
スタイルブックはこれに答えています。そして大部分で一致しています。ただし、誰もが当然だと思っている一点を除いて。
三大スタイルブックが言っていること
以下の文言は、AP、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストのスタイル指針を2010年にSlateが引用したものです。スタイルブックは改訂されるので、これは確立した原則として読んでください。今日のページそのものではありません。APは引用に関する別の指針をその後変更しています。後述します。
AP: 「小さな文法や語法の誤りを直すためであっても、引用を改変してはならない。」
ニューヨーク・タイムズ: 「タイムズは引用を『きれいに』しない。」
ワシントン・ポスト: 「情報源の言葉を鉤括弧に入れる以上、その言葉はまさにその形で発せられていなければならない。」
字義どおりに読めば、三つとも一切の手入れを禁じています。しかし実務では三つとも、ためらいの音、つまり「えー」「あの」の削除を認めています。タイムズはさらに踏み込み、記者が「分別をもって言いかけを削る」ことを、省略記号で示さずに認めています。
これは見た目より大きな譲歩です。「うちは… うちは知ってた」が「うちは知ってた」になるのは、読者には検知できない無言の編集で、しかもそれを行うのは「きれいにしない」という見出し文を掲げた規則の下です。この規則は本当は「何も変えるな」ではありません。「聞き手が意味として聞き取ったものは何も変えるな」です。
実際に全員が引いている線
| 認められる | 認められない | |
|---|---|---|
| ためらい: えー、あの、うーん | 黙って削る | - |
| 言いかけ: 「うちは… うちは知ってた」 | 削る(タイムズ: 省略記号は不要) | - |
| どもりと語の重複 | 削る | - |
| 文法: 「見れてなかった」(ら抜き) | - | 決して直さない |
| 語の選択、時制、ぎこちない言い回し | - | 決して良くしない |
| 節や文まるごと | 省略記号を付けて削る | 黙って削らない |
| 読者に必要な、欠けている指示対象 | [角括弧]で補う | 括弧なしで補わない |
| 意味、順序、強調 | - | 決して触らない |
文法の行が、いちばん多くの人が間違えるところです。しかもたいてい親切心からです。ポストの指針はそれが裏目に出る理由をはっきり書いています。中退者の言葉を「大学教授のように聞こえるように改変するのは、誤解を招くうえに愚かだ」と。誰かの文法を整えることはその人についての判断であり、しかも選択的に適用されます。読者は、どの話者がその厚遇を受けているかに気づきます。
話し手にとって日本語が第一言語でない場合、タイムズは風変わりな綴りではなく「語順や言い回し」で話し方を伝え、第二言語で話していたことをはっきり書くよう勧めています。訛りを音として書き写すのは文字起こしではありません。出典付きの嘲笑です。
角括弧、省略記号、そして (sic) の終わり
細かい規則が三つ、たいていの判断を決めます。
省略記号は削った内容の印であり、削ったノイズの印ではありません。 節や文を削ったなら、読者には何かが欠けていると知る権利があります。「えー」を削ったなら、開示すべきものはありません。五語の引用の途中で省略記号を使いたくなったなら、その引用は鉤括弧に値しないほど短いということです。
角括弧は足すためのもので、置き換えるためのものではありません。 話し手が「彼」と言っていて読者に先行詞がないとき、「[市長は]知っていた」は誠実です。文の流れを良くするために括弧の中で書き換えるのは誠実ではありません。
APスタイルから (sic) は消えました。 2019年以降APは使用していません。メリル・パールマンがコロンビア・ジャーナリズム・レビューに記録しているとおりです。「引用した資料や人の言葉に誤字、誤った文法、特異な語法が含まれることを示すために (sic) を使ってはならない。」代わりの助言はこうです。「説明が必要なら引用の外で説明するか、あるいは単に引用を言い換えよ。」APの全体方針も同じ向きです。断片的な引用を避け、引用内の括弧書きの補足を避け、正確な文言が要点でないときは常に言い換える。鉤括弧は、正確な語が意味を持つ箇所のためにあります。
したがって冒頭の例はこうなります。
「3月には数字のことを知っていました」と彼女は言う。「でも、その報告書は全然見れてなかったんです。」
あるいは、その文法が記事の一部ではなく気を散らす要素であるなら、こうです。
彼女によれば、会社は3月には数字を把握していたが、その報告書には目を通していなかった。
どちらも擁護できます。擁護できないのは、鉤括弧をそのままにして「見れてなかった」がこっそり「見られていなかった」に変わっている第三の版です。
AI文字起こしの立ち位置と、そうでない場所
ここまでの話はすべて、画面上の語が実際に話された語であることを前提にしています。AI文字起こしでは、それは事実ではなく仮定です。この記事があるのは、まさにそこを指摘するためです。
クリーン・ヴァーベイタムの処理は、認められた編集だけを行います。 フィラーワードカウンターはリストに基づいてためらいと口癖を削除し、削除の前にすべての一致箇所をハイライトするので、何が消えようとしているかが見えます。Speecho本体では、ノートスタイルの**クリーンなテキスト(フィラーなし)**が言いかけ、どもり、直後の自己訂正も取り除きます。それ以外は要約も短縮も並べ替えも言い換えもしないよう指示されています。これは編集部の規則とほぼ正確に重なります。「えー」と言いかけは消え、言い回しは残る。両者の違いと、モデルの生の出力がフルでもクリーンでもない理由は、クリーンとフル・ヴァーベイタムの記事で扱っています。
ただし、きれいになった文字起こしは、まだ確認済みの文字起こしではありません。 AI文字起こしはきれいな音声で単語精度90〜97%前後、騒がしい部屋ではそれ以下です。そして誤りは、引用でいちばん痛いところに集中します。固有名詞、数字、そしてあなたが聞き逃した否定です。「何もしなかった」を「何かをした」と聞き取ったモデルは、小さな誤りを犯したのではありません。鉤括弧付きの誤引用をあなたに手渡したのであり、その誤引用に付く署名はあなたの名前です。
ですから、身を守る手順は短くて済みます。
- 生の文字起こしを保管する。 コピーをきれいにするのは構いませんが、タイムコード付きの原本が立ち戻る先の記録です。
- 文字起こしから引用し、音声と照合する。 鉤括弧に入れる文はすべて、そのタイムコードで聞き直します。インタビュー全体ではなく、引用だけで足ります。
- 何を削ったかを控える。 節を削ったなら省略記号。「えー」を削ったならそれは何でもありません。文法の誤りを削りたくなったなら、それは引用ではなく間接話法にします。
- 要約を引用にしない。 AIの要約と章立ては案内板です。要約の言い回しが鉤括弧の中に入った瞬間、あなたは人ではなくモデルを引用しています。
一文にまとめると
話し手が言うつもりのなかったものは取り除けます。言うつもりだったものを良くすることはできません。そしてAI文字起こしの場合、そのどちらの前にもう一段階あります。そもそも本人がそう言ったのかを確かめることです。
インタビュー音声を日常的に扱うなら、記者のためのインタビュー文字起こしで残りの手順を扱っています。同意、保管、そして取材源の声をアップロードする前に文字起こしサービスへ確認すべきことです。